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東京高等裁判所 昭和40年(ネ)99号 判決

控訴人・被告 日活株式会社

訴訟代理人 薄根正男 外二名

被控訴人・原告 大塚謙四郎 外三名

訴訟代理人 安達一二夫 外八名

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。

被控訴人らの請求(被控訴人ら訴訟代理人提出の昭和四二年一一月一七日付「請求の趣旨変更の申立書」に基づく変更後の請求を含む。)をいずれも棄却する。

訴訟費用は差戻前の第二審および上告審の費用は控訴人の差戻前の第一審および差戻後の第二審の費用は被控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は主文第一、二項同旨の判決ならびに訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求め、なお請求の趣旨を変更して、「控訴人は、被控訴人大塚謙四郎に対し、被控訴人大塚謙四郎が控訴人に金五〇〇万円を支払うと引換えに別紙第二物件目録の(一)の映画館建物、同目録(二)の煙突、同目録(三)の板塀、別紙第三物件目録の発電所建物並びに別紙第一物件目録の(一)および(二)の宅地を、被控訴人恩田武に同目録(三)の宅地を、被控訴人大塚謙信に対し同目録(四)および(五)の宅地を夫々引渡せ。控訴人は被控訴人大塚謙四郎に対し金三、九五五、五九三円を被控訴人恩田武に対し金七、六一七、三〇八円を、被控訴人大塚謙信に対し金四、五一九、〇八八円を夫々支払え。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の主張ならびに証拠の関係はつぎのとおり付加訂正するほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

第一被控訴人ら代理人の陳述

一、被控訴人恩田武の先代恩田峯次郎(原審原告)は昭和三〇年八月二二日死亡し、その相続人たる長男恩田権次郎、二男恩田武(被控訴人)、二女中村静江、三女恩田道江の四名がその遺産を共同して相続することになつたのであるが、その後右相続人らの間において、その相続財産につき分割の協議をなした結果、原判決末尾添付第一物件目録記載(三)の本件土地については、被控訴人恩田武が単独でこれを相続取得することになつたので、同被控訴人が右土地に関する先代恩田峯次郎の地位を承継するに至つたものである。

二、原判決末尾添付の目録および図面を別紙第一、第二、第三物件目録および図面のとおり訂正する。

別紙第一物件目録の(一)ないし(五)の宅地は、第一審判決末尾の第一物件目録の夫々(一)ないし(五)の宅地に該当するものであつて、第一審判決末尾の第一物件目録の(一)ないし(五)の宅地は、昭和三五年一一月一日施行の土地区劃整理による換地処分により夫々町名、地番および地積が変更され、更に昭和四一年一一月一日実施の住居表示に関する法律による町名変更により別紙第一物件目録の(一)ないし(五)のとおりに町名が変更された。

三、原判決末尾添付第二物件目録記載(一)の建物は、被控訴人らが本件訴訟を提起した昭和二五年二月当時においては、実測木造鉄板葺三階建映画館一棟建坪一八九坪九合八勺、二階五六坪八合四勺、中二階九坪二合五勺の建物となつていたのであるが、昭和三四年八月二七日火災に罹つた結果、右建物のうち「コンクリート造の出入口および事務室関係ならびにこれに続く廊下便所階下六五坪三合位と、その上方の二階事務室約七坪一合、三階映写室約三坪七合の部分を残して、その他は焼失してしまい、したがつて登記簿上別紙第二物件目録記載(一)の右建物は同目録記載(一)の現況のとおりとなつた。

四、別紙第二物件目録記載(二)の煙突は、別紙第一物件目録記載(五)の宅地上の別紙図面表示の場所に存在するものである。また、別紙第二物件目録記載(三)の板塀は右第一物件目録記載(一)ないし(五)の宅地上の別紙図面表示の場所に存在するものである。しかしてこれらの物件はいずれも控訴人所有のものである。

五、(一) 控訴人は、昭和二七年一一月二七日の原審口頭弁論期日において、同日付準備書面第四項に基づき、本件建物買取請求権の行使につき陳述し、ついで昭和三二年一二月四日の原審口頭弁論期日において、前記準備書面に基づき「買取請求権行使の項を除いて陳述」し、さらに昭和三四年二月一三日午前一〇時の原審口頭弁論期日において、前記陳述につき「本件土地上建物の買取請求権の主張は撤回する趣旨である」と明確に釈明したのである。

前記昭和二七年一一月二七日における控訴人の主張が、仮りに買取請求権を訴訟上予備的に行使したものと解しても、その後昭和三二年一二月四日の口頭弁論期日においてこれを撤回したのであるから、これにより、控訴人は右買取請求権を行使しなかつたことに帰する。したがつて右権利行使の効果は発生しなかつたものである。

(二) 控訴人主張の買取物件の時価は否認する。建物の買取価格の評価にあたつては、その敷地に対する借地権の価格を算入すべきでない。

六、被控訴人大塚謙四郎は、控訴人が昭和三六年八月二二日行使したる買取請求を代金五〇〇万円を限度として認める。したがつて、被控訴人大塚謙四郎を買主として、別紙第二物件目録記載(一)の映画館建物同(二)の煙突同(三)の板塀および別紙第三物件目録記載の発電所一棟について、代金五〇〇万円をもつて売買が成立し、右物件の所有権はいずれも昭和三六年八月二二日控訴人から被控訴人大塚謙四郎に移転した。よつて、被控訴人大塚謙四郎は、金五〇〇万円を支払うと引換えに右物件の引渡を求めるものである。

七、被控訴人らは、本件訴訟においては、前示地上物件の所有権移転の日である昭和三六年八月二二日以降の地代相当の損害金の請求をしないこととし、昭和三六年八月二一日までの地代相当の損害金の支払を請求する。

本件土地に対する賃料相当額は、昭和三五年二月末日現在においては一月一坪につき金一、一一〇円昭和三六年四月末日現在においては、一月一坪につき、一三五〇円である。よつて、被控訴人らは、本件土地に対する損害金の請求を拡張して、昭和三五年三月一日以降一月一坪につき金一、一一〇円、昭和三六年五月一日以降同年八月二一日まで一月一坪につき金一、三五〇円の割合によつて損害金の支払を求める。

そうすると、被控訴人大塚謙四郎の損害金(昭和二九年五月一日から昭和三六年八月二一日まで)は、合計金三、九五五、五九三円、被控訴人恩田武の損害金(昭和三〇年八月二二日から昭和三六年八月二一日まで)は合計金七、六一七、三〇八円、被控訴人大塚謙信の損害金(昭和二九年五月一日から昭和三六年八月二一日まで)は、合計金四、五一九、〇八八円になる。

八、控訴人の主張する被控訴人大塚謙四郎から訴外日本拳斗株式会社に対する本件借地権の売渡しの事実、本件借地権が合併の効果として控訴会社に移つたという事実、被控訴人大塚謙四郎が借地権譲渡につきあらかじめ承諾していた事実はいずれも否認する。

九、控訴人の主張する本件借地権譲渡が背信行為にあたらない事由があるということは争う。本件借地権の譲渡と控訴人の主張する合併に関する事実とは全く無関係である。被控訴人大塚謙四郎が、右譲渡を理由として本件賃貸借契約解除の意思表示をしたのは、昭和二四年七月三〇日であつて、解除の効力は同日において発生しているのである。合併の話合は右解除の当時控訴会社と訴外会社との間に持ち上つていたものの、いまだその話合が具体的にまとまつていなく、これが具体的にまとまつたのは同年九月頃である。したがつて解除の効力の発生した後に行なわれた合併の事実をもつて解除の効力を判断する資料とはできない。

控訴人主張の控訴会社が訴外会社と比較にならぬ大資本の会社で支払能力が十分であるとか、訴外会社が従前賃料を滞つたことなどは、本件の如く無断転貸禁止特約条項があるにおいては、いわゆる背信行為の判断に参酌すべきでない。右の如き特約ある場合は、これに違反することそれ自体甚しい不信行為である。

仮りに百歩を譲つて、控訴人主張の如く「合併を予想し、合併成立までの間における経過的一時的措置として」本件借地権の譲渡がなされたとしても、合併成立は、借地権譲渡の八ケ月余も後のことであるから、右譲渡を理由として時を移さず為された賃貸借契約解除の意思表示の効力はそのために効力を左右されるものではない。

一〇、控訴人は、本件解除は権利の濫用になると主張するが、前示のとおり本件解除は背信行為にならない特段の事由がない以上、無断譲渡を理由とする本件解除権の行使はもとより正当な権利の行使であつて、なんら権利の濫用ではない。

被控訴人大塚謙四郎が控訴人に損害を与える目的をもつてする解除であるとか、いやがらせであるという主張も根も葉もない主張であり、本件賃貸借が賃料取得を唯一の目的とするものであるというが如きは控訴人の独断にすぎない。

一一、控訴人は、会社合併による借地権譲渡の場合には、民法六一二条の適用なく賃貸人の承諾なくして借地権の移転が許されるとの見解に立つて、本件無断譲渡も合併による承継と同視すベきであるが故にその効力を肯定すべきものとするものの如くである。

民法六一二条は「譲渡」又は「転貸」について規定しているのであるが、その趣意とするところは、賃貸人に無断で譲渡又は転貸をして現実に賃借権の目的たる土地を使用せしめることを許さず、これに違反する点において賃借人の賃貸人に対する不信行為ありとみているのであるから、譲渡転貸といつても単に債権契約をするにとどまる場合はこれに含まれないと共に苟くも第三者をして独立して賃借権の目的たる土地を使用せしめる場合は譲渡転貸以外の場合でも同条に該当するものと解すべきである。であるから、賃借人たる会社が第三者たる他の会社と合併契約を締結しその結果、合併後存続する他会社をして借地権を承継せしめて現実に土地の使用をなさしめることとなる場合においては、賃貸人の承諾を得ないかぎり賃貸人は同条により賃貸借解除の権利を取得するものといわなければならない。会社の合併は前主の権利義務を包括承継する点において相続の場合と同視されるけれども合併契約という法律行為をして、その結果第三者をして土地の使用をなさしめるという関係を生ずるかぎり借地権の相続の場合とは全然趣きを異にするものである。若し会社合併の場合常に賃貸人の承諾を要せずと解するならば、会社活動の活発な現代の社会生活において賃貸人の保護を目的とする民法六一二条はその効用の大半を減殺される結果となるであろう、かかる解釈の採るを得ないことは多言を要せずしてあきらかである。

一二、立証〈省略〉

第二控訴代理人の陳述

一、原判決末尾添付第二物件目録記載(一)の本件建物が昭和三四年八月二七日火災により一部焼失し、焼残つた部分の工作物が被控訴人ら主張のとおりであることはこれを認めるが、昭和三五年二月末日および昭和三六年四月末日現在の賃料相当額が夫々被控訴人ら主張のとおりであることは争う。

二、本件土地に対する借地権は、昭和二一年一二月二八日若しくはそれ以前において被控訴人大塚謙四郎から訴外日本拳斗株式会社に売渡されたのである。そして同会社はその後商号を日本スポーツ株式会社と変更したから、日本スポーツ株式会社が、本件借地権を他に譲渡し、又は、本件土地を他に転貸するについては、被控訴人大塚謙四郎の承諾を要しないし、日本スポーツ株式会社と控訴会社との合併についても、同被控訴人の承諾を必要とするものではない。してみれば日本スポーツ株式会社が仮りに無断で本件借地権を他に譲渡、転貸若しくは合併したとしても、被控訴人らはこれをもつて本件賃貸借を解除することはできない。

三、控訴人は、日本スポーツ株式会社との合併の効果として本件借地権を同会社から引継いだものであるから、右借地権の移転は民法第六一二条の譲渡に該当せず、したがつて、これについては賃貸人たる被控訴人大塚謙四郎の承諾を要しない。日本スポーツ株式会社と控訴会社との間においては、既に昭和二四年一月頃から合併の話が持ち上り、同年四月頃合併準備のため、控訴会社代表取締役堀久作のほか訴外小倉健一、森秀臣らが日本スポーツ株式会社に取締役として入り、同年五月右堀久作がその代表取締役となり、同年七月六日合併の事前手続として形式上本件建物および借地権の譲渡がなされ、昭和二五年三月二八日控訴会社との合併登記がなされたものである。

以上のとおりであるから、昭和二四年七月六日における本件建物および借地権の譲渡契約は虚偽表示として効力を生ぜず、昭和二五年三月二八日における合併登記と同時に本件建物所有権および本件借地権は合併に伴う法律上の効果として当然に日本スポーツ株式会社から控訴会社に移転したものである。

四、日本スポーツ株式会社の前身日本拳斗株式会社が、被控訴人大塚謙四郎から、本件土地を含む四一七坪余を賃借および転借するに際しては、権利金が授受され、予め同被控訴人は賃借人たる日本拳斗株式会社に対し、同会社が右借地権を他に譲渡することを予め承諾していたものである。

即ち昭和二一年一二月頃、日本拳斗株式会社から被控訴人大塚謙四郎に対し支払われた金六〇万円が右権利金を含んでいることは明白である。通常の賃貸借においては、賃貸人は地上物件を収去して賃貸土地を引渡すものであるが、本件においては、賃借人が劇場建築のため賃借するのであつたことから、賃貸人としては、収去しても無価値な地上物件につき、多額の費用をかけて収去することを免れたのであつて、これにより賃貸人は収去費用相当の利益を得ている。したがつてかような地上物件について賃貸借契約当時仮りに売買契約が成立したとしても、賃借人において現実に利用し得る物件の価格の限度において売買さるべきである。されば本件において、現実に利用された浄化装置および地下室については、実質上売買が成立したといえるが、その余の売買物件については実質上売買は成立しなかつた。而して当時右売買物件の価格は金一〇万円にすぎないから、差引金五〇万円は当時における本件土地所有権および賃借権の約六割に該当する金額であつて、日本拳斗株式会社としてはこれを権利金と考えて支払つているのであり、又その金額自体からもこれを権利金と推定することができる。

このように賃貸借契約の締結に際し、日本拳斗株式会社は、被控訴人大塚謙四郎に対して、右賃貸借契約の対価としての権利金が支払われたのだから、かゝる場合には借地権は土地の機能の大半を利用し得ることを意味し借地権の設定された土地所有権はその残滓にすぎず、主として地代取得の権能にその意義を見出すに過ぎないものと考える。従つて、借地権の対価を得て、これを設定した土地所有者は、地代取得の権能を留保したことに満足したものであつて、賃借人が借地権を他に譲渡することについて承諾を云々する権利を放棄し、又は、予めいかなる借地権の譲渡にも承諾を与えたとみるべきである。けだし、この場合にも土地所有者において右承諾を拒否する権利があるとするならば、すでに所有権の価値の大半を回収しながら、更に完全な所有権を回収する途を開くことになり、その結果土地所有者に不当な利益を与え、その強欲を満足させる以外のなにものでもないからである。

五、(一) 仮りに、日本スポーツ株式会社から控訴会社への本件借地権の移転が、民法第六一二条第一項に該当し、しかも同条による賃貸人の承諾がなかつたとしても、被控訴人ら主張の如く右無断譲渡を理由とする解除の意思表示がなされていないから、被控訴人らの所有権に基づく土地明渡請求は理由がない。

(二) 仮りに、本件借地権の譲渡契約は、昭和二四年七月六日効力を生じたとしても、判例にいう背信行為と認めるに足りない特別の事情があるから、本件借地契約の解除はその効力を生じない。

(1)  日本スポーツ株式会社は、資本金三〇〇万円、スポーツの興業、その施設の経営、映画興業等を目的とし、本件土地を賃借して同地上に本件建物を建設所有し、これを映画館として使用中、昭和二三、四年頃営業不振に陥り、控訴会社に対し約四千万円の借入金債務を負担していた。同会社の社長長井金太郎はその営業不振を打開するため、控訴会社の社長堀久作に対して援助方を申入れたことから、両会社の間に合併の了解が成立した。そこで合併を実現するまでの暫定措置として、とりあえず、昭和二四年四月二八日頃から、控訴会社が本件建物における映画館経営を引受けることになり、控訴会社の代表取締役社長堀久作のほか小倉健一、森秀臣の幹部が日本スポーツ株式会社の取締役に加わるとともに、本件建物の引渡を受けた上、控訴会社社員壺田重三を支配人とし、日本スポーツ株式会社の従業員をそのまま控訴会社の従業員とし、引続き控訴会社において映画館の経営をすることになつた。同年五月末頃、右堀久作が日本スポーツ株式会社の代表取締役となり、同会社の実権は全く控訴会社に移つたのである。したがつて両会社の合併は事実上成立したも同然であり、少なくとも合併の話合いは確実に成立し、近い将来合併の成立することは確実の状態となつた。その後同年七月六日日本スポーツ株式会社は本件建物とともに本件借地権を控訴会社に譲渡したのであるが、その譲渡は合併を予想し、合併成立までの間における経過的一時的措置としてなされたものである。ついで控訴会社は同年一〇月二八日正式に合併並びに資本増加の決議をなし、昭和二五年三月二八日、控訴会社は、吸収合併の登記を、日本スポーツ株式会社は合併による解散の登記をなし、ここに控訴会社は日本スポーツ株式会社を吸収合併してその権利義務を承継したものである。

(2)  右のとおり借地権譲渡と合併との間には数ケ月のずれがあるが、右のとおりの事情のあるを無視して、これを利用し、解除することは、地主において土地所有権に近い経済的利益をその手に収める反面、控訴人はそれに相当する利益を失うことになり極て不公正な結果を生ずる。

(3)  前示のとおり、日本スポーツ株式会社は経営不振の打開として、控訴会社にその経営を引受けて貰つた。控訴会社は資本金五〇億円、営業種目、経営規模などからみても支払能力、信用の程度は、日本スポーツ株式会社よりはるかに高いのであるから、賃料の支払その他借地人の義務の履行について、借地権の譲受人の控訴会社の方が譲渡人よりもはるかに地主にとつて有利であり、好ましい相手であることが明らかである。

(4)  前示のとおり、控訴会社が、借地権譲渡人の経営を引受け、譲渡人会社の実権が完全に控訴会社に帰属した後に、しかも借地上の建物の譲渡とともになされた借地権の譲渡であるから、このような借地権の譲渡があつても借地の使用の方法やその実体にはなんらの変更もなく、本件土地の利用上地主に不利益を及ぼすおそれは少しもない。

(5)  日本スポーツ株式会社が本件借地権を控訴会社に譲渡したのは、借地権譲渡による利得を目的としたものではなく、全く経営不振による窮境を打開するため真に止むを得ない事由から生じた譲渡であつた。右のように借地人の窮境により止むを得ない事情のためになした借地権の無断譲渡という機会を利用して、借地契約を解除したり、合併の話し合いや手続の途上に生じた不用意や手違いから生じた借地権の無断譲渡の機会を利用して、借地契約を解除するということは、解除権行使の濫用や信義則違反の点から云つても許されない。

(6)  前示のとおり賃貸期間に見合う権利金の収受によつて賃貸人の地代収取権能は十分に補償されている。

六、被控訴人大塚謙四郎の本件土地譲受けは、訴訟行為をなすことを主たる目的としてなされたものであるから、信託法第一一条に違反し無効である。従つて同被控訴人が本件土地所有者であることを理由とする本訴請求は理由がない。すなわち、

(一)  同被控訴人は昭和二五年二月三日その妻たる大塚スヘから同人所有の原判決末尾添付第一物件目録記載(一)の宅地三七坪七合を譲受けた。

(二)  他方同被控訴人は、昭和二四年一〇月東京地方裁判所に対し、本件土地につき占有移転禁止の仮処分を申請し同月二四日右仮処分の決定があつたが、控訴人は右決定に対し、同月二七日仮処分異議の申立をなし、更に昭和二五年一月二一日起訴命令を申請したので、同月二三日起訴命令が発せられ、これに基いて同年二月六日被控訴人らは原裁判所に対し本件訴訟を提起したものである。

(三)  このような事情から明らかなように、被控訴人大塚謙四郎の本件土地について控訴人との間に紛争を生じた後本訴提起前三日前になされたものであつてこれによつてみれば同被控訴人のなした右譲受けは訴訟行為をすることを主たる目的としてなされたものであることは一点の疑もない。

七、仮りに、日本スポーツ株式会社から控訴人に対する本件借地権の譲渡が、民法第六一二条の適用を受け、被控訴人大塚謙四郎が解除権を取得するに至つたとしても、本件においては、次の事情からして、同人の右解除権の行使は権利の濫用となり、民法第一条第三項によつて許されない。即ち

(一)  被控訴人大塚謙四郎は、昭和十四、五年頃から本件土地上に映画館を建設し、自らこれを経営していたが、昭和二〇年戦災を受けて右映画館が焼失した。しかし同被控訴人は再び本件土地において映画館の経営を企図し、映画館の新築とその経営の許可を取得した。ところが昭和二一年九月頃、かねて映画事業その他の関係で日本拳斗株式会社取締役社長長井金太郎および取締役伊藤幹一を知り、同人らから同会社の映画館建設敷地として本件土地賃貸方の申入れがあつたので、同年一一月一日同会社に本件土地を賃貸することにした。その際、前述のように既に同被控訴人が映画館新築許可を取得していたので、同会社は便宜上同被控訴人名義で映画館エデン劇場を新築し、これが竣工した後その所有名義を同会社に移転したものである。その後同年一二月四日同被控訴人は同会社の取締役に就任し、前記長井金太郎、伊藤幹一らと共に右映画館の経営にあたつていたが、自ら映画館池袋小劇場を設立し、取締役としてこれを経営するに至つたため、昭和二二年一〇月一三日日本拳斗株式会社の取締役を辞任した。その後同会社は日本スポーツ株式会社と改称したが、経営がおもわしくなくなり、昭和二三年頃には控訴人から約金四千万円を借入れ、又昭和二四年四月頃には合併の前提で控訴会社から取締役社長堀久作および取締役森秀臣小倉健一らの幹部が日本スポーツ株式会社の経営にあたり、更に同年七月六日第三者の差押回避のため合併の事前応急措置として本件建物につき控訴会社への所有権移転の形式的手続がなされたのである。

このようにして控訴会社は日本スポーツ株式会社と同様に本件建物において映画興業を営み一ケ年平均金二千万円前後の収益をあげていた。

(二)  被控訴人大塚謙四郎は本件借地権の無断譲渡を理由として本件土地賃貸借契約を解除した上控訴人に対し本件土地明渡を請求したのであるが、被控訴人らは右解除は私利私欲に基づくものではなくて、本件土地を道路拡張のため東京都へ提供する社会的必要に基づくものであると強調した。然るにその後右主張を忘れたかの如く、被控訴人らは本件訴訟を本案とする仮処分事件において、本件土地は被控訴人らにおいて自ら薪炭商を営むため必要であるから明渡を求める旨主張している。

しかしながら、本件賃貸借契約解除の意思表示がなされた昭和二四年七月末頃において、本件土地の一部が都市計画事業のため、東京都へ提供されるという話は全くなかつたし、又被控訴人大塚謙四郎は薪炭商をとくに弟に譲り自らは前記池袋小劇場等映画興業に熱中していて、自ら薪炭商を営むということはあり得なかつた。

(三)  控訴会社は、日本スポーツ株式会社よりも支払能力の点においても又信用の点においても遙かに優れていることは公知の事実であり、且同会社と同様映画館の敷地として本件土地を使用するものであつて、従前となんらその使用方法を変更するものではないから、被控訴人らは控訴会社の本件土地使用によりなんらの不利益を受けるものではない。

(四)  本件建物が控訴会社名義に移転登記されたので、控訴会社は社員を被控訴人方へ再三差向けて挨拶をしている。然るに被控訴人大塚謙四郎は原審における本人尋問において「日活は本件土地を使用しながら社長ないし取締役が地主たる自分に一言の挨拶もしないから、そんな相手には貸せない」旨を陳述しているのであつて、従来のいきさつからみて本件土地明渡は全く感情的な要求であることが窺われるのであつて、本件土地明渡後の使用目的に関する前記主張の矛盾に鑑みても、被控訴人らには本件土地明渡についてなんら正当な理由がないこと明らかである。

(五)  これに反し、控訴人は本件土地を明渡すことによつて多額の投資物件たる映画館の基盤を失い莫大な損害を蒙るに至る。

(六)  民法第六一二条による解除権はその行使がなんら権利者に必要なものではなく、賃借人(転借人を含む)をして損害を蒙らしめ又はこれに対するいやがらせに過ぎない場合には、公序良俗に反し道義上許さるべきものではない。

本件においては、既に述べたように、昭和二四年当時から、被控訴人大塚謙四郎は本件土地についてなんら自己使用の目的その他本件土地明渡請求について正当な理由がなく、むしろ、本件土地については賃料取得をもつて唯一の目的としたものであり、少くともその賃貸期限たる昭和四一年一〇月末までは賃料取得が唯一の目的であつた。しかも賃料の支払能力については日本スポーツ株式会社よりは控訴人の方が遙かに優れていることは被控訴人らには勿論、一般にも顕著な事実であり、又本件土地の使用状態も日本スポーツ株式会社と同様であり、なんら使用関係に変更を生ずるものではないから、本件借地権の譲渡はなんら被控訴人らに不利益をきたすものではなく、却つてその目的に合致するものというべく、従つて民法第六一二条による解除権の行使はその必要がない。これに、被控訴人大塚謙四郎の控訴人に対する理由のない反感をも併せ考えると、同被控訴人は控訴人に対して損害を加える目的で解除権を行使したものということができるのであるから、右解除権の行使は公序良俗に反し、権利の濫用として許さるべきものではない。

八、仮りに被控訴人らの本件土地明渡請求が理由ありとしても、不法行為を原因とする被控訴人らの本件損害賠償請求は理由がない。即ち、

(一)  控訴人は昭和二七年一一月二七日午後一時の原審口頭弁論期日において被控訴人らに対し、本件建物につき時価金二億円をもつて買取請求をなし、右権利行使の事実およびそれによつて成立した本件建物の売買契約に基き発生した同時履行の抗弁権ならびに留置権を行使して本件土地明渡を拒絶する旨を訴訟上主張した。

(二)  ついで控訴人は昭和三二年一二月四日午後一時の原審口頭弁論期日において、前記買取請求権行使の事実および本件土地明渡の履行拒絶の意思表示を訴訟資料として提出することを撤回したのであるが、右訴訟行為の撤回は、前記買取請求権行使の私法上の効果にはなんらの影響を及ぼすものではない。けだし私法行為と訴訟行為とは実体法と訴訟法という独立の法体系上の行為として別個に観察され、その要件、方式、効果もそれぞれ別個に定められるものであつて、なんら相関連するところはないのであるから、買取請求権の如き訴訟における形成権の行使行為も相手方に対する私法行為としての意思表示と、形成権の行使の意思表示のあつた旨の裁判所に対する訴訟行為としての事実上の陳述に分解され、私法行為の面の要件および効力は実体法により、訴訟行為の面は訴訟法によつて定まり、訴訟における形成権行使行為によつて生じた私法上の効力は、訴訟の経過とは無関係に且つ確定的に生じ、従つて右訴訟行為の撤回によつてもなんら左右されない。

(三)  よつて、控訴人は前記買取請求権行使の意思表示のあつた旨および同時履行の抗弁権、留置権に基き代金支払のあるまで本件建物、土地の明渡を拒否する意思表示のあつた旨をここに陳述する。

(四)  以上の次第であるから、昭和二七年一一月二七日における本件建物買取請求権行使後においては、控訴人は本件土地を前記同時履行の抗弁権および留置権に基づいて適法に占有するものであり、従つて不法行為を理由とする被控訴人らの本件損害賠償請求は理由がない。

九、仮りに右損害賠償請求が理由があるものとされるならば、控訴人は被控訴人らに対して前記本件建物買取請求権の行使によつて生じた買取代金請求権(金二億円・買取請求とともに履行期到来)をもつて右損害金債権と対等額で相殺する。

(一)  前項において述べたように控訴人は昭和二七年一一月二七日本件建物の買取請求権を行使したので、それと同時に本件当事者間において本件建物について売買契約が成立した。従つて右建物の所有権は右契約成立と同時に被控訴人らに移転し、控訴人は右建物の引渡債務を負うと同時に時価金二億円の建物買取代金請求権を有するに至つた。

(二)  もつとも、その後昭和三四年八月二七日本件建物は第三者の放火によつて焼失したのであるが、民法第五三四条によつて右危険は債権者即ち被控訴人らの負担に帰するものであつて、本件建物焼失後は控訴人の前記建物引渡債務は消滅したが、控訴人の被控訴人らに対する買取代金請求権はなお存続しているものである。しかも、右買取代金請求権は買取請求権行使によつて本件建物について売買契約が成立すると同時に履行期が到来している。

よつて右のように相殺の意思表示をするものである。

一〇、控訴人は既に述べたように、昭和二七年一一月二七日の原審口頭弁論期日において本件建物について買取請求権を行使したのであるが、仮りに右買取請求権の行使が理由なしとされるならば、控訴人は被控訴人らに対し、ここに新たに(昭和三六年八月二二日午前一〇時の口頭弁論期日において)本件建物のうち焼失を免れた残存部分の建物(階下六五坪三合とその上の二階事務室七坪一合三階映写室三坪七合)その従物の関係にある煙突、板塀、発電所一棟三坪につき時価五〇〇万円で買取請求をなし、右代金の支払あるまで、右物件を留置し、その敷地たる本件土地の引渡を拒否する。

一一、立証〈省略〉

理由

一、控訴代理人は、本件訴訟においては、被控訴人恩田武は原告としての適格を有しない旨主張するから先ずこの点について判断すると、同被控訴人の先代たる原審原告恩田峯次郎が同人所有にかかる原判決末尾添付第一物件目録記載(三)の土地の不法占有を理由として控訴人に対し、その所有にかかる原判決末尾添付第二物件目録記載の建物の収去を求めるため、他の被控訴人らと共同して本件訴訟を提起したものであり、その後昭和三二年四月二四日午前一〇時の原審口頭弁論期日において、その請求の趣旨を拡張して右土地に対する賃料相当の損害金をも併せて請求するに至つたこと、その後昭和三三年二月一一日午前一〇時の原審口頭弁論期日において被控訴人恩田武の訴訟代理人は同日付準備書面に基づき陳述し、右原告恩田峯次郎が死亡し、同被控訴人において前記土地の所有権を相続取得し、昭和三一年四月五日その旨の登記を経た旨を主張したのに対し、控訴代理人において、右原告恩田峯次郎の死亡の事実ならびにその相続関係はこれを認める旨を陳述したこと、然しその後昭和三三年七月八日午前一〇時の原審口頭弁論期日において、控訴代理人は、右原告恩田峯次郎が昭和三〇年八月二二日死亡したが、その相続人は同被控訴人のみではなく、他に長男恩田権次郎、二女恩田静江、三女恩田道江があるから、前記土地は右相続人ら四名の共有関係にあるものと推定され、従つて同被控訴人一名では前記訴訟の原告たる適格を有しない旨を主張するに至つたことは記録上明らかである。而して前記土地が右原告恩田峯次郎の所有に属していたこと、同人が昭和三〇年八月二二日死亡したこと並びに同人の相続人としては、長男恩田権次郎、二男恩田武、二女恩田静江、三女恩田道江があることは当事者間に争いがないから、原告恩田峯次郎の死亡により前記土地は右四名が相続人として共同相続をなすべき関係にあることは明らかであるが、成立に争いのない甲第二三号証と当裁判所がその成立を認める甲第二六号証の各記載によれば前記相続人四名はその相続財産につき分割の協議をした結果前記土地は被控訴人恩田武が分割相続し、これを単独で所有することになつたので、昭和三一年四月五日前記土地につき相続による所有権取得登記をしたことが認められ、他になんらの反証がない。したがつて、右分割の協議により、同被控訴人は前記相続開始の時に遡つて前記土地の所有者となつたものというべきであるから、これによつて前記土地につき被相続人恩田峯次郎の有していた権利義務を承継し、かつ、前記口頭弁論期日における陳述により、原告として本件訴訟手続を適法に承継したものというべきである。されば控訴代理人のこの点に関する主張は理由がない。

二、よつて進んで本案の請求について判断する。

原判決末尾添付第一物件目録記載(二)の土地が、被控訴人大塚謙四郎の所有でめることは当事者間に争いがなく、(原判決六枚目裏末行に「(一)の宅地」とあるのは、「(二)の宅地」の誤記と認められる)同目録記載(一)の土地が現に登記簿上同被控訴人の所有名義となつていることは控訴人の認めるところである。又同目録記載(三)の土地が被控訴人恩田武の単独所有に属することは既に認定したとおりであり、同目録記載(四)(五)の土地が被控訴人大塚謙信の所有であることは控訴人において明らかに争わないし、弁論の全趣旨によるも争つたものと認められないから、これを自白したものとみなす。成立に争いのない甲第一号証の一、第二号証、第七ないし第一〇号証、乙第二号証の各記載と原審における被控訴人大塚謙四郎の本人尋問の結果(第二回)によれば、前記目録記載(一)の土地は、元訴外山場角造の所有であつたが、同人は昭和一七年一〇月二八日右土地を被控訴人大塚謙四郎に売渡して同日その所有権移転登記をなしたこと、その後昭和二一年八月三一日同被控訴人所有の前記目録記載(二)の土地とともに訴外大塚スヘに売買名義でその所有権移転登記をなし、右(二)の土地については直ちに同年一一月一一日売買名義により同人から移転登記を受けて再びその所有名義人となつたが、前記目録記載(一)の土地については昭和二五年二月三日売買名義で所有権移転登記を受け、再びその所有名義人となつたものであること、ならびに同被控訴人が従前右(一)(二)の土地上に映画館を所有していたが、右映画館は戦災により焼失したものであることが認められるから、これらの事実から考えると、同被控訴人は実質上右(一)(二)の土地の所有者でありながら、なんらかの都合でその名義を妻たる大塚スヘに移転しておいたものであることが推察される。従つてたとい控訴人主張のような経過で本訴が提起せられ、その三日前に右(一)の土地につき同被控訴人名義で所有権移転登記がなされても、これをもつて控訴人主張の如く信託法第一一条に違反するものとして、その所有権移転を無効とはなし難い。

そして成立に争いのない甲第二九号証、第三〇号証の一、第五一号証の一ないし五の各記載によれば、東京都市計画第一〇区復興土地区画整理事業による換地処分の結果、本件土地はその町名地番及び坪数が変更され、更に、昭和四一年一一月一日実施の住居表示に関する法律による町名変更により、別紙第一物件目録記載(一)ないし(五)のとおり町名が変更されたことが認められる。

而して、昭和二一年一一月一日、訴外日本拳斗株式会社が、本件土地につき、管理権を有していた被控訴人大塚謙四郎から本件土地を含む当時の東京都豊島区池袋一丁目七四六番の二、七四八番の九、七四九番の一、同番の九、七五〇番の一、七五三番の一、七五四番、七五五番の一、七五六番、宅地合計四一七坪二合五勺七才を、期間二〇年(但し本件(三)の土地については八年四月)賃料一月金二、九二〇円八〇銭の約で賃借し、同地上に原判決末尾添付第二物件目録記載(一)(二)の建物(映画館)を建設所有してきたこと、その後同会社がその商号を日本スポーツ株式会社と変更したが、昭和二三年三月二六日、被控訴人大塚謙四郎との間の契約により、前記借地の範囲を縮少した結果、爾後原判決末尾添付第一物件目録記載(一)ないし(五)の土地のみを賃借するに至つたこと、昭和三四年八月二七日火災に罹つたため、右建物はその木造部分を焼失し、登記簿上はなお別紙第二物件目録記載(一)のとおりとなつているが、現在本件土地の上には右目録記載(一)の現況どおり焼残り部分と別紙第三物件目録記載(原判決末尾添付第二物件目録記載(二))の発電所一棟が残存しているのみであること日本スポーツ株式会社が昭和二四年七月六日控訴会社に対し別紙第一物件目録記載の土地に対する借地権をその地上に存する同第二物件目録記載(一)の建物とともに譲渡し、その建物につき同月八日その所有権移転登記手続をしたこと、被控訴人大塚謙四郎が同年同月三〇日同会社に対し本件土地賃借権の無断譲渡を理由として賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなしたこと、控訴会社が現に別紙第一物件目録記載(一)ないし(五)の土地を占有していることならびに控訴会社が日本スポーツ株式会社を吸収合併して昭和二五年三月二八日その旨の登記をなし、同会社がこれにより解散し、同日その旨の登記をなしたことはいずれも当事者間に争いがない。

而して成立に争いのない甲第二号証、当裁判所が真正に成立したものと認める同第三号証の一、二の各記載によれば、本件土地の賃貸借契約においては、賃借人は賃貸人の承諾なくしてはその借地権を他に転貸してはならない旨の定めがあることが認められ他になんらの反証がない。

(一)  控訴人は、日本スポーツ株式会社は昭和二四年当時経営不振に陥つたため、その打開策として控訴会社に吸収合併されることになつたのであるが、債権者からの追及を避けるため、その合併手続に先立ち、その前提として昭和二四年七月八日付をもつて本件建物を控訴会社の所有名義に移転登記をなし、ついで昭和三五年三月二八日控訴会社との合併手続を完了して同日解散したのであつて、控訴会社が本件土地の賃借権を承継取得したのは右の合併の結果にほかならず、賃借権譲渡の意思表示は日本スポーツ株式会社と控訴会社との間になされた虚偽表示にすぎないと主張し、控訴会社が昭和二五年三月二八日日本スポーツ株式会社を吸収合併したことは当事者間に争いのないところではあるが、成立に争いのない甲第一二、一三号証原審ならびに差戻前当審証人長井金太郎の証言によれば日本スポーツ株式会社は昭和二四年七月六日控訴会社に対し代金一〇〇万円で本件建物およびその敷地たる本件土地に対する借地権を譲渡したことが認められるのであつて、本件建物の譲渡ひいては右借地権の譲渡が控訴人主張の如く控訴会社と日本スポーツ株式会社間に相通じてなした虚偽表示であるとの点については、原審ならびに当審(差戻の前後)証人仲村武、同藪田克己、原審証人伊藤幹一(第二回)差戻前の当審証人小倉健一の各証言ならびに成立に争のない乙第九号証の二(仲村武の証言調書中右主張に副うかの如き部分は採用し難く、他に控訴人主張の如き通謀虚偽表示の事実を認めるに足る証拠はない。従つて控訴会社が日本スポーツ株式会社との合併によつて本件土地の借地権を承継取得したものであるとの主張は採用しない。

(二)  よつて、次に被控訴人の主張する解除の効力について判断する。

(1)  まず、控訴会社が日本スポーツ株式会社から本件借地権の譲渡を受けた経緯をみるに、

成立に争いのない甲第一二、一三号証、第三九号証の一、二、第四六号証の一、乙第一号証の一、二、第九号証の二、三、差戻前の当審証人仲村武の証言により成立の認められる乙第一〇、一一、一三号証、差戻後の当審証人仲村武の証言により成立の認められる甲第一四号証、原審証人伊藤幹一の証言(第一、二回)原審ならびに差戻前の当審証人長井金太郎、原審ならびに差戻後の当審証人藪田克己、差戻前ならびに後の当審証人壺田重三、磯野秀三、差戻前の当審証人小倉健一、原審、差戻前、差戻後の当審証人仲村武の各証言差戻後の当審における控訴会社代表者堀久作本人尋問の結果を総合するとつぎの事実が認められる。

(イ) 訴外日本スポーツ株式会社は資本金三〇〇万円、スポーツの興業その施設の経営映画興業等を目的とする会社であつたが、その資産としては、本件借地権およびその地上の映画館がほとんど唯一のものであり、その他には昭和二三年頃芝公園にスポーツセンター(建設資金約二億三千万円を要す)の建設を図つたものがある他は、わずかに船橋における競馬場の権利(これは昭和二四年九月以降に建設に着手された)拳斗倶楽部の練習場を有するのみであつた。訴外会社は昭和二三年秋頃控訴会社の堀社長に、右スポーツセンターの建設について資金の援助を求めたが、その交渉中訴外会社の経営は、不振におちいり、ためにさらに援助を控訴会社に求めた。堀社長は、昭和二四年三月頃に至り、訴外会社と控訴会社とが合併することを前提とするなら、スポーツセンターの資金援助をする旨申出でたので、訴外会社の社長長井金太郎はこれを承諾した。そして両者の間に合併の時期については、控訴会社の株主の反対を押さえるため、スポーツセンターの完成を予定した同年九月を目標とすることに意思が一致し、それまでは外部にこの事が洩れない様にすることに同意し、合併するまでの間訴外会社の経営のゆきづまりを救うため、とりあえず控訴会社が訴外会社の経営する映画劇場「エデン」の経営を引き受けることになり、控訴会社の代表取締役堀久作のほか、小倉健一、森秀臣らの幹部が訴外会社の取締役に加わるとともに、本件建物の引渡をうけた上、控訴会社社員壺田重三を右エデン劇場の支配人とし、訴外会社の従業員をそのまま控訴会社の従業員として採用し、控訴会社において映画館の経営をした。そして訴外会社はその目的のうち映画興業の目的を廃止した。ところが前記長井金太郎は控訴会社との話合いに反し、合併の話を他に洩らしたため、前記堀久作はやむなく同年五月末頃訴外会社の代表取締役に就任し、同会社の実権を完全に控訴会社の手中に収めることとした、控訴会社は、スポーツセンターの資金援助を約した後、その完成までに約六千万円の資金を融資し、またエデン劇場の経営に関しては、前示のとおり堀久作が直接の責任者になつたところから、控訴会社としては、エデン劇場の経営に関する債務については全面的に引受けることを各債権者に通知した。しかし長井金太郎ならびに堀久作らは、一部の債権者からの追及のためエデン劇場が処分される心配があると考え、かかる事がおこると訴外会社と控訴会社との合併につき支障が生ずることから、これをあらかじめ防止するため、同年七月六日、本件建物とともに本件借地権を控訴会社に譲渡した。そして前示スポーツセンターの完成を期して、同年九月二〇日合併契約書を作成して、控訴会社は同年一〇月六日正式に合併ならびに資本増加の決議をし、昭和二五年三月二八日吸収合併の登記をし、訴外会社は合併による解散の登記をした。

(ロ) 前示のとおり、控訴会社が本件建物における映画館を引継いだ際、あらたに支配人となつた壺田重三が、本件土地の賃貸人たる被控訴人大塚謙四郎に面接して控訴会社が本件建物における映画館経営を引継いだ旨述べてあいさつをしたとき、同被控訴人は特段の異議を述べなかつたこと、本件建物の所有権移転登記を受けたので、控訴会社は、昭和二四年七月中、一坪当り金二一円の割合による賃料を持参したが、被控訴人大塚謙四郎は、従前の約定賃料一坪当り金七円を金二五円に値上げすることを要求して前記賃料の受領を拒絶したので、控訴会社はこれを供託した。

以上の事実が認められる。

(2)  思うに、法が賃借権の無断譲渡または転貸を賃貸借契約の解除事由としているのは、賃貸借が本来当事者間の信頼関係を基礎として成立する継続的な関係だからである。すなわち、賃貸借は長期にわたり当事者を拘束する継続的な関係であるから、賃貸人には賃借人を選択するの自由を保持せしめる必要があり、したがつて、その意に反して賃借人が交替しまたは実質上新たな賃借人の加入する結果を抑止しなければならないのである。この意味において、法律上賃借権の譲渡と目される行為がありながら、その行為が信頼関係を裏切らない特別の事情があるとして賃貸人の解除権の行使を許容しないのは、本来筋道の通らない論であるというのほかはない。けだし、無断譲渡または転貸自体には当然に賃借人の背信性が内在するものというべきだからである。

しかし、法形式上賃借権の譲渡または転貸というのほかない場合であつても、その実質においては民法第六一二条にいわゆる賃借権の譲渡または転貸(無断譲渡または転貸禁止条項における譲渡または転貸も同じ)に該当しないと認むべき場合も存しうる。たとえば、引揚者たる親族を一時借家に収容する場合、借家人が親族の学生を下宿代りに同居させる場合または法定の推定相続人に借地上の家屋を贈与する場合などこれに属する。従来の実務例においては、これらの場合にあるいは賃借権の譲渡もしくは転貸の事実を否定し、または賃借権の譲渡または転貸の事実を認めながら賃貸借の解除を権利の濫用としてその効力を否定しているが、当裁判所の解するところによれば、これらの場合は原則として民法第六一二条にいわゆる賃借権の譲渡または転貸に当らないというべきものなのである。

しからば、会社の合併による賃借権の移転の場合はどうか。被控訴人らは、合併は相続と異り当事者の行為によるものであるから、賃借権が合併によつて移転する場合も民法第六一二条にいう賃借権の譲渡がある場合に該当すると主張する。一理ある論である。しかし、合併はいわば人格の承継であつて個々の財産の移転ではないから、それが当事者会社の行為によつてなされるからといつて同条にいう賃借権の譲渡を伴うものと解することはできない。これを実質的にみるも、存続会社または吸収会社は合併の当時者会社または被吸収会社の権利義務を包括的に承継する意味においてこれと同一性を有し、いわば体内の一部にこれを包容している関係にあるから、賃貸人との関係では依然として賃借人である合併の当事者会社または被吸収会社が賃借人であると解して差し支えなく、その間に信頼関係を裏切る賃借権の譲渡の存在を認むべき理由はない。合併により企業規模が拡大し、賃貸物件の使用の態様に影響を与えるおそれがあることは、個人企業を共同経営とした場合と異るところがなく、これを無制限に放任しては賃貸人の利益を害するとも考えられないことはないが(本件のような借地権にあつてはそのおそれはないが)賃借物件の使用の態様に変化を生じうることは賃借人が存続会社または吸収会社である場合にも想像しうることであつて、かかる使用態様の変化はそれが用法違反とならない限り賃貸人として認容せざるをえず、これを理由として人格の承継である合併による賃借権の移転を前記法条にいわゆる賃借権の譲渡と解することはできないのである。

(3)  上記認定の事実によれば、控訴会社は本件借地権の譲受前である昭和二四年三月頃日本スポーツ株式会社を吸収合併する方針をたてて、同会社の同意をえ、その法律上の手続を履践するに先だち取りあえず右会社の経営上のゆきずまりを打開するため同会社の唯一の企業ともいうべき映画劇場「エデン」の経営を引き受け、ついで同年五月末頃控訴会社の代表取締役堀久作が右訴外会社の代表取締役に就任して同会社の実権をその手中に収めさらに同会社の企図したスポーツセンターの建設資金六千万円を融資するとともに同会社の「エデン」劇場の経営に関する全債務を引き受けている。控訴会社との合併は同年九月と予定されたが、「エデン」劇場が訴外会社に対する一部債権者のため処分されるおそれがあつたため、合併手続の履践前である同年七月六日本件建物とともに本件借地権が訴外会社から控訴会社に譲渡されたのであつて、その譲渡は合併成立前ではあるけれども合併の目的をはたすための手段的のものにすぎないものである。そして、控訴会社と日本スポーツ株式会社とは所期のとおり同年九月二〇日から合併手続を進め、翌二五年三月二八日その目的をはたして合併の登記を経由している。

会社の合併が終局の目的であつて、借地権の譲渡がその目的をはたすための事前の手段的行為と認められる場合は、それが法律上正規の合併手続による借地権の移転に該当しない場合であつても、合併による借地権の移転が民法第六一二条にいわゆる賃借権の譲渡に当らないと解する限り、同様にその譲渡をもつて同条にいう譲渡と解することはできない。けだし、この場合も法形式上は賃借権の譲渡というのほかはないけれども、その実質はあたかも被相続人たるべき者が法定の推定相続人に借地権を譲渡する場合とひとしく、究極するところ法律上の承継人に対し事前に借地権を譲渡すると異ならず、譲渡に内在する背信性が存在しないからである。もとより、当事者会社間に合併の話が持ち上つていただけで、いまだその話合いが具体的にまとまつていない場合は、その後に合併の事実が実現したことを理由として同会社間の借地権の譲渡を無断譲渡でないと解することはできない。この点についての差戻し上告判決の判断は当裁判所を覊束するからである。しかし、当事者会社間に合併の合意がなされ、その目的をはたすために借地権の譲渡がなされた場合は、たといその合意が口頭でなされまた合併手続がいまだその緒についてない場合でも右と同一に論ずることはできない。この場合における事前の借地権の譲渡は実質上合併による権利義務の移転と異ならず、結果的にも合併による存続または吸収会社に借地権が移転し、実質上賃借人の交替は存しないからである。本件においては、上記のごとく、控訴会社と日本スポーツ株式会社との間に合併の合意が成立し、その手続の着手までやや時日を要した関係上取りあえず実質的に控訴会社が訴外会社の権利義務を承継する手段に出で、さらに合併手続に着手するわずか二月余前に訴外会社に対する債権者対策のため控訴会社において本件借地権の譲渡を受けた関係にあるのであるから、その譲渡は事実上合併の効果の事前の実現にすぎず、これをもつて前記法条にいう譲渡に該当しないと解すべきことは、前段説明の理由に徴し当然としなければならない。被控訴人大塚謙四郎は控訴会社および訴外会社間の本件借地権の譲渡を無断譲渡として賃貸借契約解除の意思表示をし、当時右両者間にはいまだ法律上合併の効果は生じていなかつたけれども、右の譲渡がその実質において右両会社間における合併の効果の事前の実現と解すべきものであつて、右の法条にいわゆる借地権の譲渡に当らないと解すべきものとする以上、同被控訴人の右の解除の意思表示はついにその効力を生ずるに由なかつたものというべきである。

三、しからば、控訴会社の本件土地の占有はその適法に有する借地権にもとづくものというべく、その明渡および損害金の支払を求める被控訴人らの本訴請求は、爾余の点について判断するまでもなく失当であるから、これを一部認容した原判決はその認容の限度においてこれを取り消し被控訴人らの請求を棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条第八九条第九〇条第九三条の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長谷部茂吉 裁判官 鈴木信次郎 裁判官 岡田辰雄)

第一物件目録

(一) 東京都豊島区東池袋一丁目四一番一八

一、宅地三一坪六合六勺(一〇四・六六平方米)

(二) 東京都豊島区東池袋一丁目四一番一九

一、宅地一六坪〇合三勺(五二・九九平方米)

右二筆被控訴人大塚謙四郎所有

(三) 東京都豊島区東池袋一丁目四一番一七

一、宅地一〇八坪五合九勺(三五八・九七平方米)

右一筆被控訴人恩田武所有

(四) 東京都豊島区東池袋一丁目四一番二〇

一、宅地四〇坪〇合〇勺(一三二・二三平方米)

(五) 東京都豊島区東池袋一丁目四一番二一

一、宅地九四坪九合七勺(三一三・九五平方米)のうち五一坪〇合二勺(一六八・六六平方米)

右二筆被控訴人大塚謙信所有

以上の位置および形状は別紙図面に表示のとおりである。

第二物件目録

(一) 建物

(イ) 登記簿上の表示

東京都豊島区池袋一丁目七五四番地一、七五三番地一、七五五番地六(「不確定地番」と記載した附箋貼付あり)所在

家屋番号甲七五四番

一木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建映画館

床面積一階一九二坪〇合四勺(六三四・八四平方米)

二階五一坪四合三勺(一七〇・〇一平方米)

(ロ) 現況

右建物は従前の表示によれば「豊島区池袋一丁目七五五番の七、七五五番の六、七五四番の一、七四九番の一および七五三番の一の一部」の五筆の宅地、現在の表示によれば、右第一物件目録記載の土地すなわち「豊島区東池袋一丁目四一番の一八、一九、一七、二〇および二一の一部」の五筆の宅地上に跨つて(別紙図面に表示のとおり)存在していたものであるが、昭和三四年八月二七日火災によりその大部分を焼失し、その後は右建物のうち「コンクリート造の出入口および事務室関係ならびにこれに続く廊下便所階下六五坪三合位とその上方の二階事務室七坪一合三階の映写室約三坪七合」(別紙図面の赤斜線の部分)のみが残存している。

(二) 煙突

東京都豊島区東池袋一丁目四一番二一地上所在(別紙図面に表示のとおり)

一、鉄筋コンクリート造下部直径約二米二一糎、上部直径約六〇糎、高さ約二二米八一糎円筒形の煙突一基

(三) 板塀

東京都豊島区東池袋一丁目四一番一八、一九、一七、二〇および二一宅地上に跨つて所在(別紙図面に表示のとおり)

一、杉板中グリ製高さ約四米長さ約六八米三〇糎

第三物件目録

東京都豊島区東池袋一丁目四一番一七地上(第一物件目録(三)記載の土地)所在(別紙図面に表示のとおり)

一、鉄骨亜鉛メッキ鋼板葺平家建発電所一棟建坪三坪(九、九一平方米)

図面〈省略〉

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